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【No.23】白が定番だった腰巻きが、赤一色になったのは?

江戸時代、和服が当たり前だった日本女性は、下着として腰巻きをしていた。
その腰巻き、もともとは白と相場が決まっていたが、江戸中期以降、赤一色になったという。これはいったいどうしてなのか?
最初に赤い腰巻きを使ったのは、ご想像のとおり、遊女たちだった。彼女たちは、お客をより刺激的に誘惑するために、赤い腰巻きを愛用したのである。
そんな刺激的な赤い腹巻きを、ふつうに生活する町娘や、良家の子女まで愛用するようになったのは、当時の性意識とおおいに関係がある。
むかしからよく、理想の女房は『昼は淑女のごとく、夜は娼女のごとく』といわれるが、当時も同じように考えられていたようで、世の女性たちも赤い腰巻きをすることで、『夜は娼女のごとく』演じようとしたのである。

【No.22】『五十歩百歩』というけれど、マシなのはどっち?

出来の悪い者通しの争いを、よく『どっちもどっち。五十歩百歩だ』などと皮肉ったりする。ここでいう『五十歩』と『百歩』はほとんど似たりよったりという意味だが、あえてマシなほうを選ぶとすると、どちらになるのか?
『五十歩百歩』は、もともとは古代中国の思考家・孟子が『五十歩逃げた兵士が百歩逃げた兵士を非難しても、逃げたことに変わりはないだろう』と語ったことから生まれた言葉である。
つまり、孟子は、五十歩逃げた兵士も百歩逃げた兵士も同罪だとしたのだが、ここで孟子の考えを無視して、どちらが勇気があるかということになれば、逃げた歩数の少ない兵士。『百歩』より『五十歩』のほうが、まだマシというわけだ。

【No.21】商品の『ガソリン1年分』とは何リットル?

クイズの商品やゴルフトーナメントの優勝者にたいする副賞として、よく『××を1年分』というのがある。副賞がビールなら、365本と見当がつくが、大相撲の優勝力士に送られる『ガソリン1年分』とは、どれくらいなのか。
ガソリンを提供しているアラブ首長国連邦大使館によれば、1000リットルとのこと。これは一般の乗用車が1か月に給油ふる量を70〜80リットルと算定、その12か月分ということからこの量になった。
ちなみに1000リットルはドラム缶5本分。さすがの力士も現品では持ち帰れず、給油券という形でもらっているそうだ。

【No.20】国会の本会議場では“席替え”してもらえるか?

国会の本会議中継を見ると、議員たちの座る位置は、いつも同じ。昨日端っこに座っていた人が、今日は真ん中に座るということはない。
これは、議員たちの座席を『党の規模に応じて決める』という慣例があるため。衆議院の場合、正面中央に向かって、所属議員数の多い党から勢力順に左側から座って行き、参議院の場合、最大党が中央に位置し、残る党はそれぞれの勢力に応じて、左右に議席が割り当てられる。同じ党のなかでは、当選回数の少ない議員ほど前の席に座り、多い議員は後ろに座る。
そのため、議員が所属する党を離党したり、別の党に移ったときは、その議員の座席も変わる。そのとき、周囲の議員の席が、それに合わせて一つずつズレることもある。

【No.19】えっ!淡水魚は水を飲まないって本当⁉︎

同じ水のなかを泳ぐ魚でも、海水魚は水を飲むが、淡水魚は水を飲まない。これは、細胞の塩分濃度が違うからだ。
海水魚の細胞は、海水よりも塩分濃度が低い。そのため、放っておくと浸透圧の関係で、細胞内の水分がどんどん体外にでていく。それでは体が萎んで死んでしまうので、海水を飲むことで体内に水分を取り入れているのだ。
いっぽう、淡水魚の細胞は、川の水よりも塩分濃度が濃く、海水魚とは逆に水分が体内にどんどん入ってくる。そのため、水を飲んで、体内の水分をふやす必要はないのだ。

【No.18】用途の広い軽石。どうやってつくられる?

軽石は垢すりやカカトの手入れに使えるだけのものではない。その用途は非常に広く、たとえば園芸用に使われる『鹿沼土』の正体も軽石だ。
軽石は、マグマが地下から噴き上げられたときに生まれる多孔質の火山石の一種。そのとき、孔の空いているものが風呂場の軽石となるのだが、なかには孔がつぶれているものもある。それらは、細かく砕かれて、園芸用の土として使われているのだ。
また、軽石には、セメントをくわえると、熱や音を伝えにくくなるという性質がある。その特性を生かして、軽量ブロックとしても使われている。
さらには、テニスコートやグラウンドの下に用いられるケースもある。水はけをよくするためだ。
火山大国の日本は、いわば軽石の宝庫。火山のふもとはもちろん、関東ローム層にも多くの軽石がふくまれている。量が豊富、使い道も多彩とあって、日本人にとって切っても切れない存在だ。

【No.17】点心の『点』と『心』って、どういう意味?

中華料理の『飲茶』にてでくるメニュー、ギョーザやシューマイ、小籠包などは『点心』と総称される。
それらの小品をなぜ、『点心』とよぶのだろうか?
この『点心』という言葉は、禅の言葉『空心に点ず』に由来する。
禅の修業はきびしく、修業中は簡素な食事をすることになる。『空心に点ず』の『点』は『すこし』という意味、『心』は『身体』という意味で、ちょっとした食べ物でしばらくのあいだ空腹を満たすのが『点心』なのだ。